「死」と「喪失感」とを照射する「歌の力」 テレビ・大衆文化(第15信)


すでに「取り返しのつかぬ今」を
もはや「取り返しのつかぬまま」見据えながら、
それでもなお、あの愚者たちに殺されないために――



「死」と「喪失感」とを照射する「歌の力」——第62回NHK『紅白歌合戦』を観る 〔その1〕






 その理由を記せば煩瑣なものとなるので割愛するが、長いこと、年末年始を自宅で過ごすことを避けてきた。可能な場合は国外に赴くし、そうでない場合も、国内に数日間、滞在する場所を探す——。
 いま、あまりに所用が重なり、睡眠時間も削りに削っている有り様で、仔細に確認できる環境にないため、若干、記憶に曖昧な部分がありはするものの、過去15年ほどの大半はそうしてきた気がする。今世紀に入ってからは、ほぼすべての新年を上述のように迎えた。
 (河口湖畔に佇む、いまはなきマクロビオティック・ペンション「アルカンシェール」は、この越冬期間のみならず、山籠もりの仕事や身内の誕生日などの折り折りに、ほんとうに重宝した施設だったものだ。いずれは友人たちも誘おうと考えたりしていたのだったが……)

 ちなみに、昨年——2010年から11年にかけては、ロンドンの寓居を引き払って帰ってきた、ほとんどその足で、分厚い雪に閉ざされた福島県南部——南会津山中のマクロビオティック・ペンションで初めて、一週間余りを過ごした。
 スタッドレス・タイヤでは不安なほどの雪道の、さらにその奥、檜原村を抜ければ、向こうには尾瀬があるという……たたなわる山山の襞の底深く、ただひたすら雪を被った雑木林の山峡地帯に、旧型の Power Book とチェロ一式だけを持ち込み、過ごした昼夜のことは、さまざまな意味で忘れ難い。
 (そこを後に帰京して、わずか2箇月余りで、世界が根底から一変してしまうことになるとは、むろん想像することもできなかった)

  尾瀬沼の一帯は、あろうことか、株式会社東京電力の所有・管轄下にあるという。


 それが、今回は最初から——いっさい、そうした類いのことをしないと、早早に決めていた。

 これにも、さまざまな位相の理由が複雑に絡まり合っているが、根底的には東京電力・福島第1原発事故下の現在、3月以来つづいている「東京での被曝生活」の一環として越年の時期を過ごすということへのある複雑な思いがあり——また一方、それに付随して、冬の終わりには上梓しなければならないはずの、途方もなく大冊の「フクシマ論集」の入稿作業が、途方もない過酷なスケジュールに陥っているという事情もあった。
 (現にいまも、すでにどれほどの時間、コンピュータに向かいつづけているのか分からない状態である)

 ……ともあれ、そうした選択をした以上、2011年最終日の夜は、夕食を摂りつつ、〝公共放送〟の供給する年中行事番組を観ることにする——そう心決めしていた。
 もともと私は、小学生の頃から一種〝大衆文化の定点観測〟的な意味も込めて『紅白歌合戦』を観ることが嫌いではなかった(いやな子どもである)。
 とりわけ今回、2011年3月11日の後、最初のこ〝国民的番組〟をくだんの〝公共放送〟がどう制作・演出するかを確認することは、当ブログを継続している者としての「義務」ですらあろう。


 結果として、その第62回『紅白歌合戦』は歴史に語り継がれる、一種凄まじいイヴェントとなった——とはいえよう。
 この国が、果たしていつまで、国家として続くかは別にして。

 むろん徹底的に批判されるべき“国策公共放送”NHKではあるが(そして当ブログをご覧いただければ、私がいかにこのメディアを糾弾しつづけているかは明らかであると思われるが——)、こうした番組を作らせると、その注ぎ込み得る予算のみならず、ネットワークその他のインフラ、〝ブランド力〟ともいうべきものの効果、そしてスタッフの伎倆を含め、どこにせよ1民放キー局の及ぶところではない。

 何より……その作り手側の意図が、那辺にあったにせよ——くだんの『紅白歌合戦』が、かくも「死」と「喪失感」のメッセージに充ち満ちたものとなったことが、かつてあったろうか。
 「ゲスト審査員」が判で捺したようなステロタイプで、「歌の力」や、「希望や勇気」の贈与行為について、語れば語るほど。

 それはしかも、そこに「歌の力」が乏しかったことを、必ずしも意味しはしない。
 逆に、たしかにあった「歌の力」なるものが、真実であればあるほど——この、すでに政府によって完全に打ち捨てられた国と社会の絶望的状況を、結果として照射する作用を果たしていたということなのだ。

 以下、圧倒的に時間が乏しいものの、いくつかの楽曲を中心に、簡単なコメントを走り書きしておく。
                                    〔この項、続く〕






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by uzumi-chan | 2012-01-01 20:50 | テレビ・大衆文化

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