人が「変わらない」ということの意味 絵本『さだ子と千羽づる』(第15信)


すでに「取り返しのつかぬ今」を
もはや「取り返しのつかぬまま」見据えながら、
それでもなお、あの愚者たちに殺されないために……


人が「変わらない」ということの意味 2011年8月3日〈4〉




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 今回の朗読会は、御自身の職場で行なわれる広島関連の事業に合わせての企画の一環として、急遽、長谷川さんにより提案され、実現したもの。
 研修医として赴任してまだ3箇月ほどという長谷川さんだが、すでにこのかん、こうした自主的な活動の資金を得るため、院内で、カレーや豚汁を作って同僚たちに販売したりもしているという。
 かねて承知してはいたものの、医師となってからも変わることのない、その伸びやかな行動力に、改めて驚嘆する。

 もともと長谷川千穂さんと知り合ったのは、たぶん03年——いずれにしても、まだ00年代の前半のある年の初夏のことだった。

 最初、私の著書の1冊についての読後感——日本社会に瀰漫(びまん)する性差別の問題について、堅実かつ確固たる意思表明がなされていた——をいただいたことをきっかけにして、電子メイルのやりとりが始まり……それからほどなく、所用で名古屋を訪ねた際、初めてお会いした。
 (その日は私が目星を付けていた自然食レストランを探して、一緒に炎天下をずいぶん歩き回ったことを覚えている)

 当時、すでに医大進学の決意を固めていた長谷川さんから、いささかの相談めいた話も受け、短からぬ期間にわたることが明らかな新たな「挑戦」へと向かおうとする彼女の、たおやかで、しかも勁(つよ)い意思に、一種、眩(まばゆ)い印象を与えられたものだった。
 そして——それからほどなく長谷川さんは、早くもNPO「オーロラ自由会議」に参加してくれたのと前後して、めざす医大に入学し、さらに6年に及ぶ勉学を経て国家試験に合格、現在、研修医として郷里の病院に勤務する……という展開となる。

 (ちなみに、北陸の医大に在学中の6年間も、広島には欠かさず参加してくれていたばかりか、東京で行なわれるNPO「オーロラ自由会議」の総会やシンポジウムにも、長谷川さんは忙しい日程の合間を縫って駆けつけてくれていた)

 それにしても、この歳月を通じ、何より私が圧倒されるのは——初めて知り合った8年前も……そして、初志を貫徹して医師となったいまも、彼女が、その本質においてまったく変わっていないことなのだ。
 (また、だから、私たちの彼女への接し方も変わらない)

 そのことは、7年前から毎年、参加してくれている広島・平和記念公園での絵本『さだ子と千羽づる』朗読会での長谷川さんの不思議な存在のしかたにも、通じているように思われる。
 約(つづ)めて言ってしまうなら——彼女が読み始めると、子どもたちが次から次へと、どこからともなく湧いてくるのである。

 今回は聴衆の姿がまったく見えない、誰もいない広場でチェロを弾き、絵本を朗読しても、しかたないから、さすがにいまはやめ、もう少し後にしよう……と、一同が暗黙の諒解を固め合いつつあるような、そんな場合にすら——。

 それでも長谷川千穂さんが、笑みをたたえて、おもむろに読み始める。
 すると——達人の太極拳の演武を思わせる、そのゆったりとした抑揚の声が響き始めてほどなく……1人、2人と子どもが、ほとんど駆け寄るようにすがたを現わし(そもそも、一体どこから?!)、数場面が進む頃には、もう五指に余る人数が「体育座り」をして熱心に聴き入っているのだ。

 そして、最後——
 「つぎに この思いを つたえてゆくのは、あなたです。」
 のエンディングのメッセージが読み上げられるときともなると……10名、20名という子どもたちが、吸い込まれるような表情で長谷川さんを見つめ、懸命の拍手を送っているではないか。

 これは、一体、どういうことなのか——。

 10歳以下の子どもたちにだけ、感応し得る周波数帯の、一種、特殊な電波を……長谷川千穂という人物は、もしかしたら発しているのか? 
  
 ——かねて私が、密かに“ハーメルンの笛吹き”状態と呼び習わしている、長谷川さんの、子どもたちに及ぼす、この瞠目すべき吸引力は、まさしく私たち、NPO「オーロラ自由会議」の広島・平和記念公園における絵本『さだ子と千羽づる』野外朗読会の奇観の1つだったのであり……あるいは、その最たるものかもしれなかった。

 (だから当然のことながら、私は、遠藤京子さんらNPO「オーロラ自由会議」の仲間たちと、いつも、
 「これで長谷川さんが小児科を開業したら、商売繁盛、間違いなし!!」
 と、目配せし、頷き合っていたことだった)

 気品に満ちて自立した清潔な批判精神と、まったく飾り気のない底抜けの庶民性とが共存した長谷川千穂さんという存在は、私にとって、まさしく得難い友人である。
 (3月11日以降、とりわけ東京電力・福島第1原発の事故がただならぬものであることが判明してきて以降も、メイルで幾度も、親身な心配をいただいている)


 ……隣室のメイン会場では、先行するプログラムである「東京電力・福島第1原発事故の現状」についての講演が、そろそろ終わりに近づいているらしい。

 それはすなわち、もうすぐ長谷川千穂さんと——私の出番が来ることを意味していた。
 私は、調弦を最終確認したチェロのネックを右手に摑(つか)み、さきほど、さらに分厚く松脂(まつやに)を塗った弓を、おそるおそる左手で摘(つま)み上げる。



             〔この項、続く〕










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by uzumi-chan | 2011-08-17 18:04 | 絵本『さだ子と千羽づる』

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