日本の不幸、菅直人 東京電力・福島第1原発事故(第55信)


すでに「取り返しのつかぬ今」を
もはや「取り返しのつかぬまま」見据えながら、
それでもなお、あの愚者たちに殺されないために……


日本の不幸、菅直人



 
 なぜ、このような空前の危機に、日本は、かくも無能な内閣総理大臣を戴いて遭遇したのか? 
 そして、かくも先端技術が縦横にこの「先進国」に張り巡らされているような現在、たった一人の愚物によって、なぜ、かくも国家と国民(及び、その地に生きる他国籍の人びと)は、これほどの辛酸を舐めさせられねばならないのか? 

 もしかしたら、それはあるいは“単なる偶然”ではなかったのかも知れないが……。
 いずれにせよ、多くの人びとにとっての切実な危機は、ますます深まりつづけている。
 
 ——私自身、かつて一昨年の晩夏、鳩山由紀夫・民主党政権が発足した直後、当時、暮らし始めたばかりのロンドンの地から、以下のように1篇の末尾を締め括ったエッセイを日本に送稿した。

 《……そして、とりあえず誕生した、可憐極まりないこの理想主義の政権の帰趨は、ひとえに国民がそれを、批判精神を手放さず育て、守り得るかどうかに懸かっています。結局、ナチズムの「露払い」となったヴァイマール共和国の轍を踏まないためにも。
 (山口泉「コスモスのごと可憐な『無血革命』に寄せて/『週刊金曜日』2009年10月2日号=769号、紺色字は今回の引用に際しての強調)


 実は、民主党政権そのものに対するこのときの私の判断については、必ずしも現在でも訂正する必要を感じていない。

 しばらく前——本年2月の初旬に、都内のホテルで催された自然食品店関係者の集まりに、私も縁あって出席した際、談たまたま、そうした話柄に及んだ。
 少し詳しく説明すると、メインの企画の種苗家による講演を聴いたあとのパーティで、ポスト・ハーヴェストや遺伝子組み換え作物の問題から、農産物自給の問題へと話が展開し、焦眉の急となっている、菅政権によるTPP参加をどう阻止するか、についての論議となった次第である。

 その際、私は、
 「なんとしても、菅政権を一刻も早く倒さないかぎり、この国に未来はありません。菅政権が1日延命すれば、その1日だけ、この国の滅亡は早まります」
 とスピーチしたのだったが……私の傍らに席を占めた、ある方(在日の、真摯な自然食品流通業者)から、
 「あれっ? 山口さんは、民主党を支持してたじゃないですか?」
 との質問があった。
 私はそれに対し、
 「私が支持していたのは、一昨年、政権交代した鳩山民主党政権。現在の菅政権とはまったく違います。鳩山が無責任に、早く辞めすぎたんですよ」
 と応じたものだった——。

 (当ブログの読者の大半には説明するまでもないと思うが、在日外国人にはこの国の参政権はいっさい与えられていない。それがどんなに長期にわたってこの国に経済的基盤を持つ在日韓国・朝鮮人であっても。
 したがって、在日の人びとと日本の政治について話すとき、私は二重の心苦しさを覚える)

 これは重要な点なので補足しておくが、いかにも、大方の悪しざまな罵倒とは異なって、鳩山自身に対する私の評価は、いまでも決して低いものではない。
 たとえば政権発足前夜に発表された論文『私の政治哲学』(2009年8月10日)についても、私は少なからず見るべきところがあると考えている。——百歩を譲っても、近年の日本の宰相で、就任直前、こうした形で、自らの政治理念と世界の現状に対する認識とを明示した例はなかった。

 しかしながら、民主党代表にして第93代内閣総理大臣・鳩山由紀夫の生涯最大の失敗・汚点は、自らの後継に菅直人のごとき愚者を残して、無責任にも政権を抛り出したことである。悔やんでも悔やみ切れない失敗だった。

 かくていま、日本はこれほどの惨状に喘いでいる。

 (……なお私は、民主党政権の倫理的破産の分岐点は、何度か述べてきているとおり、法務大臣・千葉景子による2010年7月の、何重もの意味でおぞましい死刑執行であると考えている。
 私見では、このとき民主党は、自民党政権に取って代わるべき道義性を、最終的に喪失した。

 『週刊金曜日』の引用にばかり、なってしまうのは、私としてもむろん本意ではないが、上掲のエッセイの前の部分で、私は次のように書いている。

 《現状、発表されている公約のほか、私が民主党政権に望むことは2つあります。1つは、絶対に死刑執行をしないこと
 もう1つは、農業をはじめとする第1次産業従事者の生活を国家保障し、食・福祉・医療に及ぶ、従来の功利主義からの根源的な方向転換を図ることです。
 鳩山幸(みゆき)氏の姿は、マドンナの専属シェフ・西邑(むら)まゆみ氏のディナーショーで見かけたことがありますが、マクロビオティックを国家的事業として普及させるのも、意義深いことでしょう。》
 (山口泉「コスモスのごと可憐な『無血革命』に寄せて/『週刊金曜日』2009年10月2日号=769号、赤字は、原文では傍点。数字は、漢数字を算用数字に改めた)


 菅直人が、少なくとも戦後最低の内閣総理大臣であるとすれば、千葉景子は戦後最低の法務大臣であり、しかも——死刑という、国家による殺人、最大の人権蹂躙行為の取り扱い方の浅ましさにおいて、その人間的問題点は、菅直人よりさらに重大である)

 ああ、ああ、ほんとうに「農業をはじめとする第1次産業従事者の生活を国家保障し、食・福祉・医療に及ぶ、従来の功利主義からの根源的な方向転換を図る」“国造り”……とて、夢ではなかったかもしれないのに! 
 鳩山由紀夫があまりにもあっさりと、政権を抛擲した結果、なんという悪夢がその後に待ち受けていたことか! 

 そして上掲の拙稿で危惧した「結局ナチズムの『露払い』となったヴァイマール共和国の轍」は、まさに私が懸念したとおりのものとなっている。
 ただ、さすがに私も、この新しい反動が、原発4基ものメルトダウンと3槽もの核燃料プールのトラブルという事態をきっかけとして到来するとまでは、その時点で予想し得なかったが……。

 これほど愚劣な政権が続いていては、何かしら、ただならぬ事態に、遠からず必ず立ち至る——。
 そのことだけは、明確に予想し得た。
 
 だが、私が懸念していたのは、まず何より、このかんの菅直人の愚挙の極みともいうべきTPP(環太平洋提携)参加への、常軌を逸した狂躁ぶりだった。
 (また一方で、緊張を深める昨今の東北アジア情勢のなか、近隣諸国との関係において、かかる外交感覚に乏しい政権が取り返しのつかない過ちを犯すことも、実は少し、危惧してはいた)

 だから、2011年3月11日14時46分過ぎ、東京の自宅で、私自身「新潟地震」以来という揺れが襲ってきたなかで反射的に思ったのは——いまだ、震源地も規模も不明で、また東北・関東に、厖大な死者・行方不明者はじめ、かくも悲惨な被害がもたらされることになるとは予期し得なかった段階として——これで、命旦夕に迫っていた菅直人政権が延命し、TPP参加が強行されてしまう可能性が決定的に強まった、東北・北海道をはじめ日本の農業はどうなってしまうのか、との思いだった。

 だが、哀悼に堪えない惨禍をもたらした東日本大震災が、まさか、そのまま「原発」事故を引き起こしてしまうとは……。
 しかも、それへの初動対応が、菅直人政権でもそれだけはできたはずのアメリカへの支援要請をするどころか、先方から申し出られたそれを拒絶することだったとは。

 馬鹿は馬鹿でも、これほどの馬鹿だったとは。

 (——私は、民主党が今後も政権与党に留まるかどうかは別にして、鳩山由紀夫と小沢一郎とが連携し、なんとか菅直人内閣を葬り去るところまでは、党としての最低限の自浄能力を示すことを、一縷の望みを込めて、いまもなお期待している)

 ともあれ、状況は、ファシズムと反ファシズムの問題以前に、いま、これ以上の核被害をどうすれば封じ込められるかというところにまで来てしまった。

 暗澹たるものがある。




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by uzumi-chan | 2011-04-18 01:22 | 東京電力・福島第1原発事故

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